なんとなく、つけておくだけ

以前書いた「テレビが向かおうとしている時代」という記事の続き。

とにかく最近のテレビ番組、なんか薄っぺらいものが多い。
年を追うごとに薄っぺらさの度合いが増している。

「テレビが向かおうとしている時代が良いものじゃない」と、
「水曜どうでしょう」の藤村氏は言ったし、
私を初めとしてそう思っている人は多いと思う。

では、「テレビが向かおうとしている時代」とは何なのか。
別の視点から考えてみたい。

たとえばBS、CATVやスカパーなどの有料/専門チャンネル。
あるいはネットや携帯。
さらにはレンタルビデオやDVD。
「○○を見たい」「○○を知りたい」と思ったら、
その要求を満たせる手段が容易に得られるのが今の時代である。

しかし、テレビにはそれらの手段には無い特質がある。
自分から○○についての情報を求めていかなくても、
ただ「なんとなく、つけておくだけ」でそれなりに情報や娯楽が得られる。

「ネットやスカパーなどと棲み分ける」という意識はさすがになかったと思うが、
結果的に「棲み分けができた」のではないか。
たとえば、日本代表戦以外で民放キー局のゴールデンタイムにサッカー中継はあんまりない。
しかし、海外サッカーの中継権は例年、スカパーとWOWOWで取り合いになっている。

結果的に、ここ何年かのテレビは、
その「なんとなく、つけておくだけ」の需要に対応する傾向を強めていった結果、
今のような状態になったのではなかろうか。
よく指摘される「うざいテロップ」「CMの後は」なども、
元々は「ザッピング」や「CM早送り」に対応するための手法だし。

しかし、「なんとなく、つけておくだけ」の人たちが求めているのは、
「作り方自体が安易な番組」ではないということは言っておきたい。

地上波テレビの置かれている環境が変わりつつあるからこそ、
今までにないものを生み出そうとする努力は今まで以上に必要なのに。
特にゴールデンタイムの番組の大部分は、
ひたすら安易な作り方に流されていってるようにしか見えない。
[PR]
by _kuma_taro | 2005-11-30 17:10 | エンタメ
<< 何を血迷ったか紅白? 工業地帯への通勤バス >>